アスペルガーの子が教えてくれたこと~「分かる」と「信じる」の違い~
2年前のこと。
「先生、みんながぼくの悪口を言っています。
さっきも、YくんとTさんがぼくのことを指さして笑いました。」
Mくんがこう訴えてきたのは、2学期の中ごろでした。
Mくんはイケメンで頭もよく、スポーツもできる、大人しい子。
悪口を言われる対象にはなりにくい子でした。
私は、すぐに事実確認を始めました。
YくんとTさんに話を聞いたり、みんなに聞いてみたりしたのですが、どうしても、Mくんへの悪口が事実として挙がってきません。
無記名でクラスのみんなにアンケートをとったり、その場に居合わせた他のクラスの子たちにも聞いてみたり…
あの手この手を尽くして調査してみたのですが…何も出てこない。
だれも、悪口なんか言っていないのです。
「Mくん、みんな悪口なんか言っていないよ。」
「でも、確かに聞こえたんだ。みんなぼくが変だと思ってるんだ…。ぼくはうそつきじゃない。」
Mくんの目は、涙でいっぱいになっています。
「Mはアスペルガーだから、人の心が分からないんですよ。言葉の裏が読めないから被害妄想が広がっちゃってるみたくて…。家でもよく分からないことを言うんです。」
お母さんも困った様子でした。
クラスのみんなにお願いして、Mくんの素敵なところを伝える時間をとったり、
「Mくんの悪口なんて言っていないよ。不安にさせちゃってごめんね。」
子どもたちから直接Mくんに伝えてもらったり…
あの手この手を尽くしましたが、Mくんは首を横に振り続けました。
自分にできることは何だろう…?
アスペルガーについての書籍を読み漁りました。
Mくんは「発達障害の二次障害」と言われる鬱的な症状を発症しているようでした。
私が見つけた答えは、1つ。
とにかく寄り添って聞き続けること。
Mくんの見ている世界を、私も一緒に見てみよう。
お母さんに許可をいただいて、とにかく毎日聞き続けました。
放課後、みんなが帰った後、毎日毎日、何時間でも。
Mくんが話しきるまでずっと聞き続けました。
Mくんは聴覚情報が苦手だったので、話している内容を紙に書きだして一緒に見て、整理しながら聞くようにしました。
「宇宙人がこのクラスを洗脳しようとしてる。先生のことも狙ってる。クラスのみんなはもう洗脳されてるんだ。」
こんなことを言い出しても、そのまま聞き続けます。
「ええ!!そうなんだ!!狙ってるってどんな感じ?結構深刻な感じ?」
「いや、まだそんなには深刻じゃない。」
「そうなの?じゃあ、先生は、装備とかはまだしなくていい感じ?」
「うん…。装備はいらないかな。」
「相手の目的は何なのかな?」
「それがはっきりしなくて…」
「何か対策としてできること、あるかな?」
「わからない…またひどくなりそうだったら、言います」
「そっか。よろしく頼んだ。」
毎日、最後にこう伝えるようにしました。
「話してくれてありがとう。全部信じるから。また話してね。」
表情は、次第に柔らかくなっていきました。
毎日だった放課後の時間は少しずつ少なくなっていきましたが、卒業式の直前まで続きました。
卒業式前日に、Mくんが手紙をくれました。
先生、分かりました。
人は人の気持ちなんか、一生理解できない。
だから、相手が考えていることなんて、一生分からないし、ぼくが考えていることも、一生だれにも分からないことが、分かりました。
でも、ぼくには、信じられる人が何人かいるので、大丈夫です。
気持ちが分からなくても、分かってもらえなくても、信じることはできることが分かりました。
もう大丈夫です。
中学校でもがんばります。
ありがとうございました。
手紙をもらって、うれしくてうれしくて、Mくんのところに飛んでいきました。
「その通りだと思う!!
このことが、小学校6年生の段階で分かったあなたは本当にすごいと思う!!
感動した!!ありがとう!!」
そのとき見せてくれたMくんの笑顔が、本当にすてきでした。
アスペルガーと呼ばれる子たちの感覚は、とても繊細です。
「分かっているつもり」のもどかしさを、きっと彼は小さいころから感じていたのでしょう。
「なぜ分かってもらえないのか」、悲しくてしかたなかったのでしょう。
きっと、彼には宇宙の様子も見えるのです。
Mくんの見ている世界を、分かることはできない。
でも、分かろうとすることはできる。
そして、その世界を信じることはできます。
「分かる」ことと「信じる」ことは違う。
Mくんが教えてくれました。
簡単に、分かったつもりにならないこと。
分かろうとする努力を怠らないこと。
その子の可能性を、信じて応援すること。
Mくん、ありがとう。