先生とお母さんが手を組んでみる!②~ママへのわがままが止まらないSくんの成長~
「うちの子は、ADHDなので、みんなと同じように宿題はできません。
くれぐれもみんなと同じことを求めないでください。
それから…。
学校側にどうこうしてほしいという期待は持っておりません。
安心してください。」
これが、4月の最初にSくんのお母さんからぴしゃりと言われた言葉。
きっとこれまで、たくさんいやな目にあってきたんだろうな。
たくさん苦しんで、諦めてきたんだろうな。
そう思いました。
私が宿題として出すのは、基本的に新出漢字練習です。
新しく習った2文字の漢字について、漢字ノート1ページにまとめるもの。
やり方は決まっており、その漢字をつかった熟語を書いたり、その漢字をつかった文章を書いたりします。
自分で考えるのが難しければ、漢字ドリルにのっているものを写せばいいので、集中すれば15分程度で終わる内容です。
昨年度までは、Sくんにはこの内容は難しいとのことで、
お母さんが書いたものをなぞるか、右上に大きく書くところのみをやればよい、ということになっていたそうです。
どの程度のハンディがあるのか確かめたくて、試しに学校でやってみたところ、Sくんは普通に15分で宿題分をやり終えました。
そのとき、ピンときました。
Sくんはできないんじゃなくて、やらない選択をしているんだ。
できないことにしておいた方が、Sくんにとってメリットが多いんだ。
Sくんに話しかけてみました。
「Sくん、すごくきれいに書けているね!
Sくんは、漢字をこうやって練習するのが苦手だって聞いていたからびっくりしたよ!」
「うーん…学校だとできるけど、家だとできないんです。」
「それは何で??何か原因があるの??」
「え??あー…と…。家にはゲームがあるから?」
「ゲームがあるとできないの?」
「ぼく、ADHDっていわれてて、ゲームとかがあると、集中できないんです。」
「そうなんだ。さっきの国語の授業のあと、休み時間で教室はかなりうるさくなっていたけれど、そんな中でもSくんは最後まで感想を書き終わることができていたけれど、それとはどう違うの?」
「え??あー…。うーん…。まあ…がんばればできなくもないっていうか…」
「そうなんだ!そうやって、がんばればできることをどんどん増やしていくと、できることってどんどん増えていくと思うよ!すごいなぁ!」
「はい!ありがとうございます!」
「宿題は、5年生ではどうしていく?どこまでお家でできるか、やってみる??」
「うん!やってみる!!」
これを繰り返していった結果…
Sくんは、5月にはみんなと同じ量の宿題ができるようになりました。
そうこうしているうちに、徐々にお母さんとの関係も回復していき…
9月。
お母さんが学校を訪ねていらっしゃいました。
「先生、相談があります。
うちの子、宿題はみんなと同じ量ができるようになったのですが、どうしても私が横についていないとやらないんです。
私が横に行かないとぎゃんぎゃん泣いてしまって、とにかく言うことをきかなくて、困っています。
とにかく何に関しても、私が言うことを聞くまで文句をわめき続けるんです。
ADHDということもあって、しょうがないかなとも思うのですが…
先生のお考えを聞かせて下さい。」
お母さんの声は、震えていました。
私は、勇気を出して私を訪ねてくれたことがうれしくて、こう言いました。
「それは、本当に大変でしたね…。
これまでずっとおひとりで抱えてらしたんですね。
話してくださって、本当にありがとうございます。」
「先生、うちの子、変なんでしょうか?
私の関わり方が悪かったせいでしょうか?
ADHDだから、やっぱりしょうがないんでしょうか?」
お母さんの目から涙が溢れました。
「ADHDなんていう診断名に惑わされちゃいけません。
なんであろうとSくんはSくんです。
こんなに素敵なお母さんがついているんだから大丈夫。
Sくんが何を求めているのか、Sくんは何ができて、何が苦手なのか。
一緒に見つめていきましょう。」
それから、お母さんと作戦を立てました。
「Sくんにとっての学校とお家の境界線を、一度なくちゃいませんか?」
「は?」
「Sくんも入れて三者面談をして、Sくんの前で、私とお母さんがSくんの普段の様子を情報交換するんです。その上で、Sくんがどうしたいと思うか、Sくん自身に選んでもらいましょう!」
数日後、さっそく三者面談を開きました。
Sくんを前にして、お母さんはSくんのお家での様子を赤裸々に話してくれました。
私はオーバーリアクションで驚いて、学校の様子を伝えながら返していきます。
「家では、私が横につくまで、わめき続けます。ママがいないと宿題ができないって叫ぶんです。」
「え!?そうなんですか!?学校では一人で何でもできていますよ!わめいているのも、見たことがありません!!」
「実は、靴下を履くのも苦手で、ママが履かせてくれないから遅刻しそうになったって、今朝もカンカンに怒って…」
「えええ!?そうなんですか!?学校では一人で履けています!!」
「ランドセルもママがしょわせてくれないとちゃんとできないって泣いたり…」
「そうなんですね!?じゃあ、学校でも先生がしょわせてあげないと!」
目を白黒させながら気まずそうにうつむくSくん。
唇をぎゅっとかみしめて、言葉を失っています。
そんなSくんに、私は言いました。
「あなたの願いをこんなに叶えてくれる、こんなに素敵なママが、困っているそうです。
あなたが何にもできない子なんじゃないかって心配しています。
あなたが本当にできないのであれば、学校でも先生がママと同じように靴下を履かせてあげます。ランドセルもしょわせてあげます。」
ぶるぶると激しく首を振るSくん。
「ちなみに。
靴下が履けなくて遅刻したとしても、ママが宿題を手伝ってくれないから宿題ができなくても、ランドセルがちゃんとしょえなくても、困るのはSくんだけです。
先生もママも大して困りません。」
「確かに…そうですね!」
お母さんが声を上げました。
Sくんはどんどん青ざめていきます。
「宿題ができないならやらなければいい。
靴下が履けないのならば裸足で暮らせばいい。
ママは忙しいんです。あなたの食事も洗濯も全部してるんです。
それでも、大好きなあなたのためだからがんばっちゃうんです。
甘ったれるのもいいかげんにしなさい。」
Sくんが泣き出しました。
「ごめんなさい!ママごめんなさい!自分でできます!」
そして…絞り出すようにこう言いました。
「自分でちゃんとやるから…放っておかないで…」
お母さんの目からも涙がこぼれました。
「Sくん。お母さんのことが大好きなんだね。だから一緒にいてほしかったんだ。」
大きく深く、頷くSくん。
「Sくんは、お母さんと何をしているときが一番楽しい?」
お母さんがSくんにこう言いました。
「ママはね、Sがいろんなことができるようになってくれるのが何よりもうれしい。
妹ができてから、Sがひとりでできることが増えるたびに放っておくことが増えちゃってたね。
ごめんね。」
涙を目にいっぱい貯めて、頷くSくん。
「ぼくも。わがまま言って困らせてごめんなさい。」
「じゃあSくん。前に進みましょうか。」
私がにっと笑うと、Sくんも笑顔になりました。
「わめいてわがまま言って、心配かけながらなんとかそばにいてもらうのと、自分のできることをちゃんとやって、一緒に楽しくWiiのマリオテニスするのと、どっちがいいかな?」
「ちゃんとやります。お母さんとWiiやりたい!」
「よっしゃ!応援する!!」
Sくんは、ひとりで宿題ができるようになりました。
泣きわめくこともほとんどなくなったそうです。
3週間に一回、三者面談をして、Sくんがどれだけできるようになったか、次はどうなりたいかを3人で話し合って決めていくことにしました。
先週の水曜日、2回目の三者面談をしました。
Sくんの目覚ましい成長に、本当に驚いていると話してくれるお母さんの横で、Sくんはとっても得意げでした。
Wiiのテニスのせいで、右腕が筋肉痛だと教えてくれたお母さんの笑顔が、とってもすてきでした。
Sくんは、面談の後、こっそり私に教えてくれました。
「先生。ぼくね、つぎは、お風呂掃除に挑戦してみようと思って。
ママが、腰が痛くて大変だーってこないだ言ってたから。
そしたらきっと、ママ、飛び上がってよろこぶと思うんだ。」
子どもたちの行動の根本にある願いはいつも一緒です。
こっちを見て。
ぼくを分かって。
ぼくのことを愛してほしい。
先生とお母さんが手を組むと、見えにくくなっている「愛」をきちんと伝えることもできる!
次回面談が今から楽しみです^^