先生不在、自習中にクラスの力は見えてくる~責任はみんなにある?~
一昨日の午後、出張に出なければならず、クラスを留守にしました。
先生がいないときに、クラスの問題は露呈することが多いです。
また、そういった問題と向き合うことで、子どもたちは自ら成長します。
なので、出張から帰り、教室に入るときは、いつも少しドキドキします。
机がいつも通り整理整頓されているか?
黒板はきれいか?
自習時の提出物が整っているか?
いつもと比べて雑になっていたりしないか?
ホコリはおちていないか?(きちんと掃除ができたのか?)
ひとつひとつ、丁寧にチェックしていきます。
今回は…
うん。大丈夫そう❗✨
とりあえず、ホッとひといき。
あとは、子どもたちの自己評価がどうか、です。
「昨日の午後の様子を聞かせてください。」
そう言うと、子どもたちは少し複雑な表情をした後、顔を見合わせました。
少しして、口々に出てきた言葉は…
だいたいはきちんとできた。
給食は、時間通り配膳をして、みんなで空にできた。
掃除もいつも通りできた。
5時間目の理科は、いつも通り受けてこられたし、6時間目の硬筆も静かにできた。
ちなみに、私の心の中の声は…………
(おおー✨すごいやないかーい!!:*(〃∇〃人)*:充分充分🎵)
です。
「でも……」
「でも?」
「給食のとき、少しふざけちゃった人がいました。」
「ふざけるって?」
「面白い顔をして、みんなが笑っちゃったり、一緒に面白い顔をしちゃったりする人がいて…」
「そのあと、どうしたの?」
「注意をする人がいて、おさまりました。」
うーん。
充分っちゃ充分だし、そのくらいはいいじゃんとも思う。
でも、それは、その場にいなかった側の私が勝手に判断するのは難しい。
「全員起立。「自分はふざけていない」と思う人、座ります。」
すると、男子3人が立ったまま残りました。
クラスのムードメーカーで、明るくリーダーも務める3人です。
「正直でいいね。3人がどう思ってるか聞きたいです。みんなを明るくしたり楽しくしたりする、ユーモアだったのか。それとも、ふざけだったのか。何か理由があってのことだったのか。聞かせてくれる?」
「…………。」
3人は真剣な顔つきで考えた後、このようなことを言いました。
「みんなを楽しませるというよりは、やっぱりふざけちゃったと思います。やり過ぎました。」
「そっか。次からは直せると思う?」
「はい。」
「そしたら、座りましょう。」
「みんなは、自習の基本的なことはしっかり自分たちでできるようになりました。それは、さすがです。」
「それだけのレベルに達したということです。そのレベルで、先生がいないとき、どこまでがよくて、どこからがよくないかを判断するのは、みんなです。」
「みんなで声を掛け合い、意見を出し合い、助け合って、どうしていくかを決めていくんです。」
「今回のことくらい、別にいいじゃんって考え方もあると思う。だって、時間にちゃんと間に合っているんです。素晴らしいことです。
でも、もっとちゃんとやってみせたいって思いを持っている人もいる。どっちが正しいかって、もう先生が判断することじゃないんです。今のクラスの中で、どこを目指していくか。それは、あなたたちが選んでいくことだと思う。」
翌日、提出された自主学習の中に、自習のことを振り返っている子がいました。
昨日のこと
たしかに、ふざけたのは3人でした。
でも私は、笑っていた人も同じなんじゃないかと思います。
ふざけてもよい、というクラスの雰囲気をつくったのは、みんなです。
私も、その雰囲気をつくった一人でした。
自習の責任は、みんなにあると思います。
みんなで、よい声を掛け合って、もっとよいクラスにしていきたいです。
次の自習は、胸を張って先生に報告ができるようにします。
みんなに紹介をしたら、歓声があがりました。
次の自習が、少し楽しみになりました。
きっと、彼らなりに悩みながら、進んでいくのでしょう。
その悩みに答えられるような、大人でありたいです。