アスペルガーの子が教えてくれたこと~「分かる」と「信じる」の違い~
2年前のこと。
「先生、みんながぼくの悪口を言っています。
さっきも、YくんとTさんがぼくのことを指さして笑いました。」
Mくんがこう訴えてきたのは、2学期の中ごろでした。
Mくんはイケメンで頭もよく、スポーツもできる、大人しい子。
悪口を言われる対象にはなりにくい子でした。
私は、すぐに事実確認を始めました。
YくんとTさんに話を聞いたり、みんなに聞いてみたりしたのですが、どうしても、Mくんへの悪口が事実として挙がってきません。
無記名でクラスのみんなにアンケートをとったり、その場に居合わせた他のクラスの子たちにも聞いてみたり…
あの手この手を尽くして調査してみたのですが…何も出てこない。
だれも、悪口なんか言っていないのです。
「Mくん、みんな悪口なんか言っていないよ。」
「でも、確かに聞こえたんだ。みんなぼくが変だと思ってるんだ…。ぼくはうそつきじゃない。」
Mくんの目は、涙でいっぱいになっています。
「Mはアスペルガーだから、人の心が分からないんですよ。言葉の裏が読めないから被害妄想が広がっちゃってるみたくて…。家でもよく分からないことを言うんです。」
お母さんも困った様子でした。
クラスのみんなにお願いして、Mくんの素敵なところを伝える時間をとったり、
「Mくんの悪口なんて言っていないよ。不安にさせちゃってごめんね。」
子どもたちから直接Mくんに伝えてもらったり…
あの手この手を尽くしましたが、Mくんは首を横に振り続けました。
自分にできることは何だろう…?
アスペルガーについての書籍を読み漁りました。
Mくんは「発達障害の二次障害」と言われる鬱的な症状を発症しているようでした。
私が見つけた答えは、1つ。
とにかく寄り添って聞き続けること。
Mくんの見ている世界を、私も一緒に見てみよう。
お母さんに許可をいただいて、とにかく毎日聞き続けました。
放課後、みんなが帰った後、毎日毎日、何時間でも。
Mくんが話しきるまでずっと聞き続けました。
Mくんは聴覚情報が苦手だったので、話している内容を紙に書きだして一緒に見て、整理しながら聞くようにしました。
「宇宙人がこのクラスを洗脳しようとしてる。先生のことも狙ってる。クラスのみんなはもう洗脳されてるんだ。」
こんなことを言い出しても、そのまま聞き続けます。
「ええ!!そうなんだ!!狙ってるってどんな感じ?結構深刻な感じ?」
「いや、まだそんなには深刻じゃない。」
「そうなの?じゃあ、先生は、装備とかはまだしなくていい感じ?」
「うん…。装備はいらないかな。」
「相手の目的は何なのかな?」
「それがはっきりしなくて…」
「何か対策としてできること、あるかな?」
「わからない…またひどくなりそうだったら、言います」
「そっか。よろしく頼んだ。」
毎日、最後にこう伝えるようにしました。
「話してくれてありがとう。全部信じるから。また話してね。」
表情は、次第に柔らかくなっていきました。
毎日だった放課後の時間は少しずつ少なくなっていきましたが、卒業式の直前まで続きました。
卒業式前日に、Mくんが手紙をくれました。
先生、分かりました。
人は人の気持ちなんか、一生理解できない。
だから、相手が考えていることなんて、一生分からないし、ぼくが考えていることも、一生だれにも分からないことが、分かりました。
でも、ぼくには、信じられる人が何人かいるので、大丈夫です。
気持ちが分からなくても、分かってもらえなくても、信じることはできることが分かりました。
もう大丈夫です。
中学校でもがんばります。
ありがとうございました。
手紙をもらって、うれしくてうれしくて、Mくんのところに飛んでいきました。
「その通りだと思う!!
このことが、小学校6年生の段階で分かったあなたは本当にすごいと思う!!
感動した!!ありがとう!!」
そのとき見せてくれたMくんの笑顔が、本当にすてきでした。
アスペルガーと呼ばれる子たちの感覚は、とても繊細です。
「分かっているつもり」のもどかしさを、きっと彼は小さいころから感じていたのでしょう。
「なぜ分かってもらえないのか」、悲しくてしかたなかったのでしょう。
きっと、彼には宇宙の様子も見えるのです。
Mくんの見ている世界を、分かることはできない。
でも、分かろうとすることはできる。
そして、その世界を信じることはできます。
「分かる」ことと「信じる」ことは違う。
Mくんが教えてくれました。
簡単に、分かったつもりにならないこと。
分かろうとする努力を怠らないこと。
その子の可能性を、信じて応援すること。
Mくん、ありがとう。
問題児なんてどこにもいない!!~おかしいのは学校のシステムです~
もともと、問題児なんてどこにもいないんです。
問題児は、周りの関わりと環境が勝手に生み出すもの。
私はそう思います。
「あの子、素直じゃないから扱いづらい」
その子には、素直でいられなくなる何かがあったのです。
素直にならないことで、守っている何かがあるのです。
「ウソばっかりつく子だよね」
その子がウソをついている目的が必ずあります。
ウソをついた方がうまくいくことが何かあるのです。
「態度悪くて、やになっちゃう」
態度が悪くなったのはいつごろからでしたか。
その時、何がありましたか。
その子が態度を悪くすることで、訴えていることが何かあるはずです。
「親があれじゃあねぇ」
その親御さんが抱えていることは何ですか?
子育てって大変なことです。
日々いろんなことがある中、学校へ子どもを送り出してくれているんです。
そのことに、まずは感謝しませんか?
問題児なんて、どこにもいません。
学校のシステムに適応しない子を、問題児扱いするのは止めましょう。
45分×6コマも、じっと座っていなきゃいけない能力が、将来何の役に立つというのでしょう。
それが、退屈な授業だったらなおさらのこと。
まっすぐ並べないからなんだというのでしょう。
整列しなきゃいけない機会なんて、大人になってからありましたか?
国語ができなくても、算数ができなくても、立派に生きていけるんです。
狭い世界で、人と人とを比べ、競わせ、子どもたちの大切な自尊心を損なわせるのは、もう止めませんか。
問題児とよばれる子たちは、必死に教えてくれています。
「学校、おかしいぞ!」
「もっとこう生きたい!」
「簡単に決めつけるな!」
子どもたちの未来に本当に必要なものは…
自分を愛する心
人を信じる心
だれかの役に立てることを心から喜べること
学校を、本当に必要なことを学べる場所に、していきたいです。
反抗的な子どもと対峙するということ~その子の心の叫びを受け止めよう~
あれは、4年前。
私が6年生の学級経営をうまくできるようになった、始めの年のこと。
(6年生は、学級経営が一番むずかしいです。)
この年は、充実感や達成感をたくさん味わえた年であり、同時に、大きな課題に向き合った年でもありました。
「もしもこの子が学校に来られなくなったら、私は今年で教師を辞めよう」
課題と向き合う中で、そう腹をくくった年。
その子が、Hくんです。
5年生までかなり反抗的で、学校に来ない時期もちょこちょこあったというHくん。
先生という存在が大嫌いで、かげで先生の悪口を言いまくる子。
だから、「かなり扱いが難しい」と引継ぎを受けた子でした。
ところが。
受け持ってみると、Hくんは、とっても素直でがんばり屋で優しい子でした。
私はすぐに、Hくんのことが大好きになりました。
3学期の2月ごろまで、私はHくんが問題児だったということすら、すっかり忘れていたほどでした。
2月の終わりごろから、
「勉強やだ。めんどくさい。」
そう言いだしたHくん。
放課後一緒に勉強したり、声をかけたりしてみたけれど、Hくんのやる気はどんどん落ちていって…
3月ごろには勉強することを本気で嫌がるようになりました。
「ちょっと話そうか。」
そう声をかけて、放課後2人になった瞬間、Hくんがキレました。
「うるせーんだよ!!お前ムカつくんだよ!!」
泣きながら、机やいすをなぎ倒しながら…
「みんなうるせーんだよ!!死ね!!みんな死んじゃえ!!」
Hくんの悲鳴に、私はびっくりして言葉を失いました。
次の日も、その次の日も…
Hくんは、放課後、暴れ続けました。
「調子に乗ってんじゃねーよ!!お前なんか死んじゃえ!!」
そう叫びながら、顔を真っ赤にして泣きながら、机やいすに当たり続けました。
私は、それをただただ聞きながら、一緒に泣くことしかできなかった。
でも、どうしても放っておいたらいけない気がして、私は毎日放課後、Hくんとの時間を取り続けました。
Hくんの言葉が胸に刺さって、毎日吐き気がしました。
無力な自分に嫌気がさしました。
その中で、自分に何ができるか必死で考え続けました。
心理学の本を毎日読み漁りながら、Hくんの心を楽にするヒントを探し続けました。
私が当時、自分なりに出した結論は…
Hくんの怒りや苦しみを受け止め続けること。
そして、伝え続けること。
「私はあなたのことが大好きだ」と。
帰っていくHくんの背中に向かって、声に出して伝え続けました。
「私はあなたのことが大好きだからね。話してくれてありがとう!」
Hくんのお母さんは、女手ひとつでHくんとお兄さんを育てていて、とてもお忙しい方でした。
電話がつながるのはいつも夜22時を過ぎるころ。
お会いできるのは土曜日の午前中だけだと聞いて、お家に会いに行きました。
Hくんのお兄さんは、1月頃から精神的に不安定になり、お家の中で包丁を持ち出すようなこともあったのだそうです。
Hくんはその苦しみを、ひとりでずっと抱えていたのでしょう。
お母さんも、とても苦しんでいらっしゃいました。
お母さんと一緒に泣きました。
Hくんが学校を休むと、家に会いに行きました。
Hくんは決して出てきてはくれなかったけれど、クラスのみんなからの手紙をポストに入れました。
そのおかげかはわかりませんが、Hくんのお休みが連続するようなことは、ありませんでした。
卒業式の1週間ほど前のこと。
Hくんに手紙を書きました。
手紙はお母さんに託しました。
「Hくんと一緒に読んでほしい」
そう言って。
何を書いたか、内容はもう詳しくは覚えていないのですが…
Hくんのすてきなところを書きまくって書きまくって…
Hくんのお母さんのすてきなところを書きまくって書きまくって…
今後の人生を胸を張って生きていってほしいこと。
私にぶつかってきてくれて、うれしかったこと。
ずっとずっと応援していることを書いたように思います。
卒業式の日、Hくんが私に手紙をくれました。
ぶっきらぼうに投げるように渡してくれた手紙。
茶封筒に入っていて、中の便せんは何度も書き直したのかくしゃくしゃだったけれど…
うれしくてうれしくて、私は涙が止まらなかった。
ぼくは、先生のことはきらいじゃありません。
ひどいことをたくさん言ってごめんなさい。
全部そんなこと思っていません。
中学校ではちゃんとがんばります。
ありがとうございました。
正直、今の私ならば、もっと早い段階でHくんの状態に気づくことができたと思います。
今の私ならば、できることはもっともっとたくさんあった。
もっと心の底から元気にしてあげられた。
でも、このときの私がいなければ、今の私はない。
このとき精いっぱいできることをやりきった自分自身に、悔いはありません。
あとからこっそり、お母さんが教えてくれたこと。
あの子ね、昔から先生の悪口をずーっと言ってる子だったんですけど、みかん先生のことは、絶対に悪く言いませんでした。
卒業式の前日の夜。
がさごそ何か探してて、何かと思ったら、便せんはあるか?って…
めずらしく机に向かって、一生懸命書いてたんですよ。
あの子がつらいときに、私はあまり傍にいてあげられませんでした。
ずっと寄り添っていただいて、本当にありがとうございました。
Hくんが私に教えてくれたこと。
人には、どうやってもがんばれないときがある。
マイナスの言葉しか、出てこなくなっちゃうときがある。
でも、どんなときでも、根底にある叫びはみんな一緒。
ぼく、がんばってるよ。
ぼくを見て。
ぼくを分かって。
ぼくを愛してほしい。
手を大きく広げて、子どもたちの叫びを受け止められる人になりたい。
そう、心の底から思うことができるようになったのは、Hくんのおかげです。
思春期の子どもたちと向き合う~イライラしたっていいんだよ~
小学校5年生の彼らのほとんどは、現在絶賛思春期中。
モヤモヤする。
イライラする。
自分って何だろう?
生きるって何だろう?
漠然とした大きな不安みたいなものと向き合いながら生きています。
だから、毎日本当にいろんなことが起こる。
休み時間にバスケをしていて蹴り合いのけんかになった、KくんとHくん。
どうしてそうなったのか、聞いてみると…
ボールを取ろうとしてHくんがKくんにぶつかってしまった。
そしたらKくんがキレて、Hくんを蹴った。
だから、Hくんも蹴り返した。
どの角度から聞いても、出てくる情報はこれだけ。
「何か他に、イラっとしたことがあったんじゃないの?」
「何もありません。」
「朝の時間は?学校に来る途中とか…。もっと前でもいいんだよ?」
「・・・」
考えるKくん。
「わからない…。本当に何もないです。」
ここで声のトーンを変える。
「あなたは、何もないのに、そのくらいのことで友達を蹴る人じゃない。」
うつむくKくん。
「そのくらいのことで人を蹴っちゃいけない。」
ピリっとした空気が走る。
Kくんの目に涙があふれる。
「ごめんなさい…。」
いつもと違うKくんの様子に、Hくんも心配そうにKくんを見つめる。
「ぼくも、蹴り返してごめん。」
ふるふるとKくんが首を振った。
Kくんの頭にぽんっと手を置いて問いかけてみた。
「何かよくわからないけど、モヤモヤする?」
Kくんがこくんとうなずいた。
「何かよくわからないけど、イライラするんだね。」
泣きながら深くうなずくKくん。
「そっか…。それがわかって、よかった。」
心配そうに見守っていたクラスから、声が上がる。
「Kくん、大丈夫だよ。ぼくもあるよー!」
「私も!あるある!」
Kくんの表情が少し、やわらいだ。
みんなはね、思春期っていう大事な時期にいるんだよ。
見える世界が広がって、不安になったり、
本当はこうしたい、こうなりたいって思うのに、うまくいかなくて、イライラしたり…
だからこそ、心も身体もぐーーーんと成長する、大切な時期。
昨日はすっごく元気だったのに、今日はなんだか力が出ない。
さっきまでは全然平気だったのに、今はなんだかイライラしちゃう。
そんなときあるんじゃないかな?
うん、うん。
うなずく子どもたち。
元気がないとき、あっていいんだよ。
イライラしちゃって大丈夫。
そんな自分としっかり向き合ってあげて。
ぐんぐん成長している証拠だから。
そんなとき、周りにいるみんなができることは何だろうね?
元気な人が、元気を分けてあげる!
「大丈夫だよー!」って声をかけ合う!
その人のすてきなところを伝えてあげる!
休み時間、Kくんの周りに集まって、何やら始めた子どもたち。
「Kくんは、算数が得意だよね!」
「バスケもうまいよ!」
「優しいしね。」
「この間、Kくんに筆箱ひろってもらったよ。」
Kくんは顔を真っ赤にして、
「もういいよ~。大丈夫だから~。」
と笑っていました。
思春期は、まるごとそのまま受け止める。
もがきながら進む彼らを、全力で応援してあげましょう^^
自分にはいいところなんてない~そんな子にどう接しますか?~
「私いいところなんてないし…。」
どんなに、あなたのここが素敵だよって伝えても、受け止められない子がいます。
そういう子の心の中で何が起こっているのか。
それは、何通りもあって、その子によって違うのですが…
私は、その子が次の2パターンのどちらに当てはまるかを、まずは見分けることに徹します。
もちろん、複合パターンもあります。
パターン①
ものすごい辛い目に遭っていて、心の元気がとにかく足りない。
この場合は、とことん寄り添う。
何か辛いことあったの?
先生が聴けることあったら話してね。
とことん寄り添って聴き切ります。
2年前に受け持った男の子の例で言えば、毎週3回1~2時間、3か月くらい聴き切りました。
総時間で言えば、90時間は越えてたんじゃないかな。
放課後、彼から出てくるものが何にも出なくなるまで聴き続けました。
一緒に泣きました。
彼から出てくるものを、そのままありのまま受け止め続けました。
パターン②
気を引くため。逃げるため。
この場合は、冷たく突き放すこともあります。
それさ…
そんなことないよって言い続けてほしい?
それとも、心配してほしくて言ってる?
「自分ダメだ」って言ってた方が楽だよ。
挑戦しなくていいし、努力しなくて済む。
私ダメだからって言っておけば、何もしない言い訳になる。
でもさ。
「自分にはいいところがない」って言っていると、本当にいいところがない人になっちゃうよ。
挑戦から逃げて、自分を認めることから逃げて、言い訳し続けて、うわべの同情だけ集めて生きていくの?
冷たい言い方になるかもしれないけど…
あなた以上にあなたに興味がある人間なんかいない。
まず自分が自分を好きになってあげないと、あなたが可哀想だよ。
こんなに魅力的なあなたを一番わかってるのは自分自身。
本当の自分、見つめてあげたら?
どう生きていってもあなたの自由。
あなたの未来はあなたがつくる。
あなたの未来はあなたしかつくれない。
「いいところなんてない」って、いつまで言い続けるの?
こう言って泣かせた女の子が卒業式にくれた手紙には、こんなことが書いてありました。
先生に出会えてよかった。
これから、いっぱい挑戦してがんばって、立派な中学生になります。
いつも私たちのことを信じて背中を押してくれて、ありがとうございました。
私にも、私にしかできないことがある!ですよね?
お互い、がんばりましょう。
先生とお母さんが手を組んでみる!②~ママへのわがままが止まらないSくんの成長~
「うちの子は、ADHDなので、みんなと同じように宿題はできません。
くれぐれもみんなと同じことを求めないでください。
それから…。
学校側にどうこうしてほしいという期待は持っておりません。
安心してください。」
これが、4月の最初にSくんのお母さんからぴしゃりと言われた言葉。
きっとこれまで、たくさんいやな目にあってきたんだろうな。
たくさん苦しんで、諦めてきたんだろうな。
そう思いました。
私が宿題として出すのは、基本的に新出漢字練習です。
新しく習った2文字の漢字について、漢字ノート1ページにまとめるもの。
やり方は決まっており、その漢字をつかった熟語を書いたり、その漢字をつかった文章を書いたりします。
自分で考えるのが難しければ、漢字ドリルにのっているものを写せばいいので、集中すれば15分程度で終わる内容です。
昨年度までは、Sくんにはこの内容は難しいとのことで、
お母さんが書いたものをなぞるか、右上に大きく書くところのみをやればよい、ということになっていたそうです。
どの程度のハンディがあるのか確かめたくて、試しに学校でやってみたところ、Sくんは普通に15分で宿題分をやり終えました。
そのとき、ピンときました。
Sくんはできないんじゃなくて、やらない選択をしているんだ。
できないことにしておいた方が、Sくんにとってメリットが多いんだ。
Sくんに話しかけてみました。
「Sくん、すごくきれいに書けているね!
Sくんは、漢字をこうやって練習するのが苦手だって聞いていたからびっくりしたよ!」
「うーん…学校だとできるけど、家だとできないんです。」
「それは何で??何か原因があるの??」
「え??あー…と…。家にはゲームがあるから?」
「ゲームがあるとできないの?」
「ぼく、ADHDっていわれてて、ゲームとかがあると、集中できないんです。」
「そうなんだ。さっきの国語の授業のあと、休み時間で教室はかなりうるさくなっていたけれど、そんな中でもSくんは最後まで感想を書き終わることができていたけれど、それとはどう違うの?」
「え??あー…。うーん…。まあ…がんばればできなくもないっていうか…」
「そうなんだ!そうやって、がんばればできることをどんどん増やしていくと、できることってどんどん増えていくと思うよ!すごいなぁ!」
「はい!ありがとうございます!」
「宿題は、5年生ではどうしていく?どこまでお家でできるか、やってみる??」
「うん!やってみる!!」
これを繰り返していった結果…
Sくんは、5月にはみんなと同じ量の宿題ができるようになりました。
そうこうしているうちに、徐々にお母さんとの関係も回復していき…
9月。
お母さんが学校を訪ねていらっしゃいました。
「先生、相談があります。
うちの子、宿題はみんなと同じ量ができるようになったのですが、どうしても私が横についていないとやらないんです。
私が横に行かないとぎゃんぎゃん泣いてしまって、とにかく言うことをきかなくて、困っています。
とにかく何に関しても、私が言うことを聞くまで文句をわめき続けるんです。
ADHDということもあって、しょうがないかなとも思うのですが…
先生のお考えを聞かせて下さい。」
お母さんの声は、震えていました。
私は、勇気を出して私を訪ねてくれたことがうれしくて、こう言いました。
「それは、本当に大変でしたね…。
これまでずっとおひとりで抱えてらしたんですね。
話してくださって、本当にありがとうございます。」
「先生、うちの子、変なんでしょうか?
私の関わり方が悪かったせいでしょうか?
ADHDだから、やっぱりしょうがないんでしょうか?」
お母さんの目から涙が溢れました。
「ADHDなんていう診断名に惑わされちゃいけません。
なんであろうとSくんはSくんです。
こんなに素敵なお母さんがついているんだから大丈夫。
Sくんが何を求めているのか、Sくんは何ができて、何が苦手なのか。
一緒に見つめていきましょう。」
それから、お母さんと作戦を立てました。
「Sくんにとっての学校とお家の境界線を、一度なくちゃいませんか?」
「は?」
「Sくんも入れて三者面談をして、Sくんの前で、私とお母さんがSくんの普段の様子を情報交換するんです。その上で、Sくんがどうしたいと思うか、Sくん自身に選んでもらいましょう!」
数日後、さっそく三者面談を開きました。
Sくんを前にして、お母さんはSくんのお家での様子を赤裸々に話してくれました。
私はオーバーリアクションで驚いて、学校の様子を伝えながら返していきます。
「家では、私が横につくまで、わめき続けます。ママがいないと宿題ができないって叫ぶんです。」
「え!?そうなんですか!?学校では一人で何でもできていますよ!わめいているのも、見たことがありません!!」
「実は、靴下を履くのも苦手で、ママが履かせてくれないから遅刻しそうになったって、今朝もカンカンに怒って…」
「えええ!?そうなんですか!?学校では一人で履けています!!」
「ランドセルもママがしょわせてくれないとちゃんとできないって泣いたり…」
「そうなんですね!?じゃあ、学校でも先生がしょわせてあげないと!」
目を白黒させながら気まずそうにうつむくSくん。
唇をぎゅっとかみしめて、言葉を失っています。
そんなSくんに、私は言いました。
「あなたの願いをこんなに叶えてくれる、こんなに素敵なママが、困っているそうです。
あなたが何にもできない子なんじゃないかって心配しています。
あなたが本当にできないのであれば、学校でも先生がママと同じように靴下を履かせてあげます。ランドセルもしょわせてあげます。」
ぶるぶると激しく首を振るSくん。
「ちなみに。
靴下が履けなくて遅刻したとしても、ママが宿題を手伝ってくれないから宿題ができなくても、ランドセルがちゃんとしょえなくても、困るのはSくんだけです。
先生もママも大して困りません。」
「確かに…そうですね!」
お母さんが声を上げました。
Sくんはどんどん青ざめていきます。
「宿題ができないならやらなければいい。
靴下が履けないのならば裸足で暮らせばいい。
ママは忙しいんです。あなたの食事も洗濯も全部してるんです。
それでも、大好きなあなたのためだからがんばっちゃうんです。
甘ったれるのもいいかげんにしなさい。」
Sくんが泣き出しました。
「ごめんなさい!ママごめんなさい!自分でできます!」
そして…絞り出すようにこう言いました。
「自分でちゃんとやるから…放っておかないで…」
お母さんの目からも涙がこぼれました。
「Sくん。お母さんのことが大好きなんだね。だから一緒にいてほしかったんだ。」
大きく深く、頷くSくん。
「Sくんは、お母さんと何をしているときが一番楽しい?」
お母さんがSくんにこう言いました。
「ママはね、Sがいろんなことができるようになってくれるのが何よりもうれしい。
妹ができてから、Sがひとりでできることが増えるたびに放っておくことが増えちゃってたね。
ごめんね。」
涙を目にいっぱい貯めて、頷くSくん。
「ぼくも。わがまま言って困らせてごめんなさい。」
「じゃあSくん。前に進みましょうか。」
私がにっと笑うと、Sくんも笑顔になりました。
「わめいてわがまま言って、心配かけながらなんとかそばにいてもらうのと、自分のできることをちゃんとやって、一緒に楽しくWiiのマリオテニスするのと、どっちがいいかな?」
「ちゃんとやります。お母さんとWiiやりたい!」
「よっしゃ!応援する!!」
Sくんは、ひとりで宿題ができるようになりました。
泣きわめくこともほとんどなくなったそうです。
3週間に一回、三者面談をして、Sくんがどれだけできるようになったか、次はどうなりたいかを3人で話し合って決めていくことにしました。
先週の水曜日、2回目の三者面談をしました。
Sくんの目覚ましい成長に、本当に驚いていると話してくれるお母さんの横で、Sくんはとっても得意げでした。
Wiiのテニスのせいで、右腕が筋肉痛だと教えてくれたお母さんの笑顔が、とってもすてきでした。
Sくんは、面談の後、こっそり私に教えてくれました。
「先生。ぼくね、つぎは、お風呂掃除に挑戦してみようと思って。
ママが、腰が痛くて大変だーってこないだ言ってたから。
そしたらきっと、ママ、飛び上がってよろこぶと思うんだ。」
子どもたちの行動の根本にある願いはいつも一緒です。
こっちを見て。
ぼくを分かって。
ぼくのことを愛してほしい。
先生とお母さんが手を組むと、見えにくくなっている「愛」をきちんと伝えることもできる!
次回面談が今から楽しみです^^
先生とお母さんが手を組んでみる!①~どうしても嘘をついちゃうKちゃんの成長~
「先生、相談があります。うちの子、嘘をつくのが癖になっちゃってる気がするんです。」
「嘘というと?どんな嘘ですか?」
「小さい嘘は、それこそ数えきれないほどあって…。」
4月終わりごろ、Kちゃんのお母さんから電話でこんな相談を受けました。
子どもは嘘をつくものです。
親に対して秘密を持つようになるのは成長の証拠でもあります。
でも、あまりに頻繁に…となると、心配です。
「例えば…。昨日って宿題なしでしたか?」
「いえいえ!ありましたよ。Kちゃんは、漢字ノートを家に忘れたって言ってました。」
「それ…嘘なんです。私には、先生が宿題なしって言ったって言ったんですよ。」
「忘れ物をすると、赤鉛筆で連絡帳に書いて私に見せています。連絡帳、どうなってますか?」
「1ページ破られているんです。忘れ物の記述はありません。」
「なるほど…」
「これ、もう2年前くらいからずーっとなんです。3年生の時も、4年生の時も、そうやってごまかして、やってない宿題がたくさんあるように思います。
他にも…習い事に行くって嘘をついて遊んでいたり、お小遣いでは買えないようなものが部屋に置いてあったり…。
あの子の言うことを信じたいのに、あまり信じられなくなっている自分がいて、心配なんです。」
「それは、大変ですね…。心配されていることは、Kちゃんには伝えましたか?」
「伝えました。でも、ふーん?って感じで、響かないというか…」
「これがどうなったらいいとお母さんは思われますか?」
「嘘をつく数を減らしていきたいです。このままだとKの将来が心配で…。」
キラーーン( ̄ー⁺ ̄)
ここで閃きました。
「お母さん、手を組みましょう!私たちが協力して、Kちゃんの嘘をことごとく暴いていきましょう!」
「は?」
「嘘をたくさんつくのは、嘘をつく方がKちゃんにとってのメリットが多いからです。正直に言う方がメリットが多い経験を、この1年間でたくさんできるようにしましょう!」
そこから、お母さんと携帯の連絡先を交換し、毎日SNSメールでやりとりをしていきました。
「宿題なしと言っています」
「宿題は漢字です」
「漢字ノート持っていきました」
「了解しました。ありがとうございます」
教室に入ると、Kちゃんは私のところに来て、すました顔でこう言います。
「漢字の宿題、やったんですけど、家にノートを忘れてきてしまいました。」
連絡帳に赤で書かれた「㋻漢字ノート」を持って。
思った通り、連絡帳の一番右端の行に書かれています。
ペラっと前のページを見ると、昨日の宿題の欄に書かれていた文字は消しゴムで消されて、「なし」と書かれていました。
「これ、どういうことですか?」
Kちゃんの表情が凍ります。
「昨日の宿題のところになしと書かれています。どういうことですか?」
Kちゃんは、涙目になりながら、こう言いました。
「お母さんに早く宿題やれって言われるのがいやで、なしってしてしまいました。でも、漢字をやったのは本当です!」
「わかりました。確かめますから、引き出しとランドセルをここに持ってきてください。」
Kちゃんの顔が青ざめていきます。
私はKちゃんの机まで歩いていき、引き出しの中から、漢字ノートを取り出して開きました。
もちろん、宿題はやってありません。
「どういうことか、説明してください。」
しくしく泣きだすKちゃん。
「これは初めてのことですか?それともこれまでにも同じ嘘をついたことがありますか?」
「初めてです!これまでにはありません!」
「………」
私は一瞬言葉を失いました。
Kちゃんがまっすぐに私の目を見て訴えてきたからです。
ここで正直に言ってくれたら、「よく言った!!」と認めたくて、した質問でした。
これは重症だ…
もう反射的に、自分を守るための嘘をつくようになってしまっているのだと思いました。
Kちゃんはそうやって、自分を守ってきたのです。
一度深呼吸。
ここは、心を鬼にして対峙します。
連絡帳をパラパラめくりました。
「宿題なし」と書き変えられている箇所は、5年生が始まって3週間で3か所もありました。
「じゃあ、これはなんですか??」
「……」
「説明しなさい!」
届け…!!怒りの中に祈りを込めて。
「それは…妹がいたずらして書いて…」
ブチッ
頭の中で音がしました。
これはドカーンといくところだ。
渾身の力を込めて一発叫びます。
「ふざけんな!!」
私の声に、教室中がびっくりしてしん…となりました。
「あなたは、4回も嘘をついた!
この嘘は、正直に宿題を忘れたと言っている人たちにも、きちんとあなたと向き合おうとしているお母さんにも先生にも失礼です!」
「だって…。怒られるのがいやだから。」
泣きながらKちゃんは言います。
「宿題を忘れたくらいで先生はこんなに怒りません!
宿題が嘘をつく材料になるくらいなら、宿題なんてやらなくていい!!
嘘をつく方がよっぽどいけない!
先生は、嘘をつかれてごまかされたことが悲しい!!
嘘をつかれているお母さんがかわいそうだ!!」
わんわん泣き出すKちゃん。
「もうあなたの言うことは信用できません!
信用されない人間は、何も任せてもらえません!
何も頼ってもらえません!!
人のせいにばっかりするんじゃない!
あなたの生き方はあなたが決めるんだ!
嘘をついてごまかすような人になるんじゃない!!」
泣き崩れるKちゃんの周りに、クラスの子どもたちが集まってきます。
「大丈夫だよ。ぼくも、嘘ついちゃうことあるよ。」
「そーだよ。先生に謝ろう。」
「お母さんにも謝れば、きっとわかってもらえるよ」
「次から気を付ければいいんだよ。」
子どもたちが帰った後、お母さんにメールします。
「指導しました。帰って自分からお母さんに話すことになっています」
「正直に話してくれました」
「やったー!正直に話せたときは、たくさんほめてあげてください!」
「娘と一緒に泣きました。先生、ありがとうございます」
こんな感じのやり取りを、1学期だけで5,6回繰り返しました。
嘘は暴いて怒る。
正直に言えたら、一緒に喜ぶ。
Kちゃんは近頃、めったに嘘をつかなくなりました。
嘘をついてしまっても、
「さっきのは、嘘で、本当は…」
と、自分から言い出せるようになったそうです。
先生と保護者が手を組むと最強です。
お互いが、子どものためを思って協力したとき、その効果は絶大になります^^